今何と聞かれたのか。
沙羅は普段の無表情を崩して目を見開いた。
視線の先ではソーマが羞恥でほんのりと頬を染めそっぽを向いている。
こういう場合どうすればいいのか全く分からない沙羅は数秒間フリーズする羽目になった。

「沙羅…？」
「ぁー、いや……何でも無い」

青い目が訝しげに褐色の瞳を見つめ、沙羅は改めて無知は恐ろしいものだと悟った。
ベッドに腰掛けるソーマはソファで書類を整理していた沙羅から視線を外さない。
彼女は仕方なく仕事をする手を休めると一つ咳払いしてソーマに向き直った。

「えーっと、胸をでかくする方法だっけ？」
「でかい声で言うな！！」
「アンタが聞いたんでしょうが。で、何で私に聞いたわけ？サクヤさんとかアリサだって居るでしょうに」
「癪だ」

それは癪だろう。
あの二人の体系は女性にとって理想的なモノだ。
だからと言ってそうなりたいとは露ほども思っていないが、目の前に居る少女は違うらしい。

「聞く相手間違ってるんじゃない？私だってB位しかないよ」
「う、だからそういう事をでかい声で言うな」
「何を今更」

しかしどう回避すればいいか見当もつかない。
いや、見当は一応あるのだがこれを使うと絶対に後で仕返しされる様な気がしてならないのだ。
さて、どうするか。
沙羅は少々悩みながらも結局は答えが一つしか無いと判断し、目の前の少女と彼の人には申し訳ないとお世辞程度に思いながら口を開いた。

「リンドウさんに、聞きな」






どう考えても面倒事を押し付けられたにすぎない。
リンドウは痛む頭を押さえつつ目の前に居る少女を見てみる。
若干投げやりな表情をする少女は今にも地団駄を踏みそうな程苛ついているのが雰囲気から窺えた。
どうしたものかと本当に思う。

「えーっと、何で俺？」
「沙羅がリンドウなら知ってるって」
「サクヤやアリサには聞いたのか」
「だから、聞いてない」

だから、と言っているという事は沙羅にも似たような質問をされたのだろう。
本当に厄介な問いを押し付けてくれたものだ。
だが、仕事やソーマの件でもあの少女には頭が上がらないところがある。
さて、この危機をどう切り抜ければ良いだろうか。

「分かった。耳貸せ、ソーマ」
「？」

意を決して沙羅が言えなかったであろう真実を耳打ちすれば顔を真っ赤にして睨みつけてくる。
すぐさま身体を反転して部屋から飛び出し、沙羅の部屋へと戻るがどうやら居ないらしい。
バタバタと廊下を駆けるソーマに苦笑する。
恐らくエントランスへと向かったのだろう。
リンドウはズボンのポケットから携帯端末を取り出すとある人物に電話を掛けた。

『ソーマ怒ってました？』
「と言うか恥ずかしさのあまり怒っているって言った方が正しいな。お前さんは何処に居るんだ？」
『ウロボロスの討伐中です』

確かに端末からは声と共にアラガミが発して居るであろう騒音が耳に飛び込んでくる。
任務の最中に平然と電話をとれる気違いもアナグラでは彼女ぐらいだ。
どんな神経をしているか想像もつかないが、もう慣れた事だった。
初めの内は厳重注意をしてきたが何度も同じ事をされると諦めの方が勝ってくる。
それにしても、とスピーカーから抑揚の無い声が聞こえてきた。

『リンドウさんって意外と紳士だったんですね。折角の据え善だったのに』
「…………沙羅さんは俺の事なんだと思ってるんだ？」
『………ケダモノ、ですかね』

笑う気配と共に大地が抉れる爆音が鼓膜を叩き、思わず耳から端末を遠ざける。

『あー、自称化け物が到着した様なので切ります。流石にアラガミと同時にアイツの相手は出来ないですから』
「りょーかい……なぁ、ソーマがバケモノで俺がケダモノなら、お前は何なんだ？」

言葉遊びのついでに聞いてみれば、沙羅は声を出して笑った後、至極楽しそうな声音でこう告げた。

『ゲテモノ、ってところでどうでしょうか？』